枝野幹事長来県

P1000617  8月27日、民主党本部の枝野幹事長が来県しました。口蹄疫で大きな被害を受けた宮崎県が復興に向けて新たなスタートをきる「8月27日」に合わせた宮崎入りとなりました。

 到着後は、東国原知事との会談や県連役員との意見交換後、県選出国会議員や県議とともに川南町に向かい、殺処分受けた豚、牛それぞれの農場を視察。最後は関係者の皆さんとの意見交換会を開きました。

 私は準備を進めた道休事務所や県連事務局の皆さんとともに運営をサポートする側で動いていたため、意見交換会を含めすべてのやり取りを詳細に把握できる状況にはありませんでしたが、関係者の皆さんから徹底した原因究明、今後の再建サポート、精神的ケアの必要性など幅広い意見が出たのが印象的でした。また実際の農場で、今も生々しく残る白い消石灰を見つめながら、この数ヵ月の出来事を改めて振り返り、今後の宮崎のあり方を考える時間となりました。P1000490

 参院選の期間中、消毒を徹底しても、選挙カーから降りることも、アナウンスをすることもなく、ただただ移動のためだけに通り抜けることしかできなかった児湯地区。私も、陣営の仲間も、そしておそらく競った他の候補者の皆さんも、選挙活動が感染拡大の一因となるようなことがあってはならないとの思いと、候補者として有権者の皆さんの選択のためにはきちんとした情報提供をしなければならないのではないかとの思いの狭間で、揺れ動いた夏でした。

 その児湯地区が、そして宮崎が大きな犠牲のうえで、新たな段階へと踏み出すことができたことに安堵しながらも、本当の意味での正念場はこれからだという実感も大きくなっていくばかりです。

渡辺創

出会い

F1050314  いつの間にか8月も下旬です。しかしなかなか涼しくはなりませんね。今日午前中、自宅から近くのバス停まで10分強歩いたのですが、その間に汗びっしょりになりました。

 そのバス停でしばらく待っていると、初めてお会いする老年のご夫婦から「渡辺創くんでしょう?」と声が。応援してくださっていたそうで、温かい声援とアドバイスをいただき、バスを降りてもご夫婦で手を振り続けてくださいました。

 選挙後、街の中や飲食店、時にはスーパーやガソリンスタンドなど様々な所で声をかけていただきます。先日は初めてうかがった歯科医院でも担当の先生から治療後に「テレビのイメージより大きいんですね」と一言。本当にありがたいことです。メディアに低いと言われ続けた知名度も選挙戦を通して少しは上がったようです(苦笑)。

 さて、写真は社会人野球の専門誌。ある懇親会で知り合った方のお店(飲食店)を訪問したら、思わぬきっかけでお互いに社会人野球のファンであること判明。応援するチームは違いましたが、他のお客さんそっちのけで社会人野球話に花が咲きました。

 写真の本はお店に飾ってあったものです。昨年のものですが、一番左の荒波翔くんは私が毎日新聞横浜支局で高校野球を担当した時(2001年夏)、甲子園に同行した横浜高校の1年生。1年生ながら1番センターで全国BEST4の原動力の一人でした。県大会を前にした連載記事の第1回目に彼と彼の3つ違いのお兄さんの「絆」をテーマにした記事を書いたことをよく覚えています。彼が中心だった2003年春のセンバツでは、いまや日本を代表する投手になっている、同級生のロッテ成瀬や一つ後輩の西武涌井とともに準優勝したはずです。懐かしさに思わず表紙を携帯カメラで撮影してしまいました。

 高校野球は沖縄・興南高校の春夏制覇で終わりましたが、社会人野球の最高峰・都市対抗野球は27日から東京ドームで始まります。生活の場を宮崎に移した今、残念ながら観戦にはいけませんが、熱戦を期待しています。

渡辺創

第2回政治スクール

P1230335 先月開講した民主党宮崎県連政治スクールの第2回目が21日、宮崎市内で開かれました。事前に募集した受講生の方が対象で、今回も約30人に集まっていただきました。毎回、私も裏方として参加しています。

 先月は政府から篠原孝農水副大臣を招きましたが、今回は党本部から中堅若手のホープ・細野豪志幹事長代理が来県。今後の地方分権の方向性などについて講演後、初めて企画した懇親会にも参加。受講生のみなさんと幅広いテーマで語り合っていただきました。

 細野さんとは毎日新聞政治部時代からお付き合いがあり、参院選後も上京した際に激励して頂いています。弁舌さわやかであると同時に、今まさに政権与党の真ん中で仕事をしている経験と自信が裏打ちする生き生きとした話に思わず聞き入ってしまいました。

 民主党代表選が近いこともあり、東京から細野さんを担当する新聞記者も数人同行。会社は違ってもいずれもともに永田町で取材をしてきた仲間ばかりでしたので、私にとってもうれしい再会の機会になりました。

 細野幹事長代理の講演内容は、近いうちに要旨をブログに掲載したいと思っています。

渡辺創

8月15日

P1230223_2 昨日は、65回目の終戦記念日。全国各地で記念式典や催しが行われ、慰霊、鎮魂の1日となりました。

 そんな中で、個人的に印象深かったのは、毎日新聞社会面の米軍が南九州上陸に向けて詳細な地図を作っていたと報じた記事。(西部本社版だけの掲載かもしれませんが・・)

 福岡教育大学名誉教授の赤木祥彦さんが入手した米陸軍地図局作成の地図には、鹿児島や宮崎県の沿岸部などを中心に海の水深や山の起伏、幹線道路などの詳細が正確に書き込まれていたとのこと。

 南九州からの上陸作戦を想定したものだったのでしょうが、米軍の情報収集能力の高さに感心するとともに、もし終戦が2週間でも1ヶ月でも伸び、南九州上陸が現実となっていたら、南九州の戦後は、今の宮崎はどうなっていたのだろうかと考えさせられる時間になりました。

 夜は隣地区である花ケ島自治会の夏祭り(写真)に家族でお邪魔しました。盆踊りや金魚すくい、綿菓子、カキ氷などに子どもたちも大喜び。私も小中学校の同級生や先輩、後輩との再会もあり、本当に楽しいひとときでした。老若男女を問わず、生き生きと過ごす姿が印象的でした。

 戦争というのは、こういう一人ひとりの人間の命が奪われていくことであり、65年前にその現実が日本にあり、今も世界各地で戦禍が続く。一人ひとりの人間の命の重みを、その尊さを決して忘れてはいけないと改めて誓う終戦記念日でした。

渡辺創 

手ぬぐい

P1230208  暑い日、雨の日が続くこの夏、大活躍するのが手ぬぐいです。汗かきの私にとっては必需品でもあります。

 出会いは、ちょうど3年前の夏。出張先の秋田で花火柄の手ぬぐいを手にしたのがきっかけでした。使いながらの収集なので、だんだん傷んでもいきますが、手元に数十枚は残っています。

 写真は、この夏の新調品。先日、上京した際に購入しました。今回はハンカチ型(前列)がメーンです。宮崎でもお気に入りのお店を見つけなければいけません。あまりお金のかかる趣味でもなく、実用も兼ねるので、家族にも何とか許容してもらっています。ちょっとしたプレゼントにも最適ではないかと私は思っているのですが、妻は・・・・。

 かつての大物政治家、伊東正義さん(元外相)は、確か腰手ぬぐいだったはずですが、私はスラックスのお尻のポケットから手ぬぐいの頭を少し覗かせて、この夏を乗り切ります。

 今日は長崎・原爆の日でした。6日に続き、核兵器廃絶への思いを確認しながら、今日一日をを終えたいと思います。

渡辺創

8月6日

F1050268 暑い日が続いています。まさに夏真っ盛りですね。

 65回目の広島・原爆の日。記念式典には、国連のバンギムン事務総長や駐日米大使も出席、各国代表も昨年の59カ国から過去最多の74カ国となり、例年よりも注目の集まった「8月6日」でした。オバマ米大統領が昨年4月のプラハ演説で「核兵器なき世界」を訴えたことが、核兵器廃絶の流れに影響を与えていることは間違いありません。

 私は大学2年の夏、記念式典の前日(8月5日)に初めて広島を訪れました。デイバッグを背負って、慌しく式典準備が進む記念公園を歩き、原爆ドームを眺め、資料館に足を運びました。

 「人間の知恵が、人間が踏込んではいけない領域に達してしまった結果が核兵器を生んだのではないか。だからこそ人間の知恵で、自らが作り出した大量破壊兵器を封じ込めなければならないのではないか」。そんなことを考えながら汗をぬぐい、広島の街を歩いたことを思い出します。その思いは今も変わらず、記者時代も広島に出張した際にはできるだけ記念公園に足を運ぶようにしていました。

 今年の8月6日は、参院選を終えてのご挨拶で上京中。夜は、新聞記者時代から懇意にしていただいた藤井裕久先生(元財務相、元民主党最高顧問、衆院議員)と夕食をともにさせていただきました。出自が広島県の藤井大臣。話は自然と戦時中の疎開経験にも・・・。

 「いつも話題は食料のことだった。みんなで議論するんだ。米1升を1日で腹いっぱい食べたいなと。すると絶対食べきれるという奴、『論理的に毎食3合以上ずつは無理だ』と主張する奴。いろいろ出てくるんだ。12歳の子どもたちがそんなことを夢みながら過ごしたんだよ」と藤井先生。

 「だから絶対に戦争はやってはいかん」。一時は体調を壊していた藤井先生の力強い“藤井節”復活に安心するとともに、「反戦の政治家」としての藤井先生を改めて尊敬する8月6日夜になりました。

 東京からは7日早朝の便で帰郷。その後、西都などを回り、今(17:30)は延岡に「特急にちりん」で移動中です。写真は新しい衆議院議員会館内から携帯電話カメラで撮影した国会です。

渡辺創

上京中です

 党本部での参院選ヒアリングやあいさつ回りのために上京中です。宮崎とは質の違った暑さの中、汗をかきながら、参院選でお世話になった方々や東京での新聞記者時代にお世話になった方々にご挨拶に回っています。

 永田町や霞ヶ関を歩いていると、懐かしい顔にも出会います。多くの方が激励の声をかけてくれます。ありがたいことです。

 永田町は予算委員会の議論や民主党代表選で騒がしくなっていますが、私はしっかりと故郷宮崎の大地を踏みしめて頑張ろうと改めて決意しながらの東京滞在です。

 もう数日いる予定ですので、東京リポートも改めて記したいと思います。

渡辺創