8月6日

F1050268 暑い日が続いています。まさに夏真っ盛りですね。

 65回目の広島・原爆の日。記念式典には、国連のバンギムン事務総長や駐日米大使も出席、各国代表も昨年の59カ国から過去最多の74カ国となり、例年よりも注目の集まった「8月6日」でした。オバマ米大統領が昨年4月のプラハ演説で「核兵器なき世界」を訴えたことが、核兵器廃絶の流れに影響を与えていることは間違いありません。

 私は大学2年の夏、記念式典の前日(8月5日)に初めて広島を訪れました。デイバッグを背負って、慌しく式典準備が進む記念公園を歩き、原爆ドームを眺め、資料館に足を運びました。

 「人間の知恵が、人間が踏込んではいけない領域に達してしまった結果が核兵器を生んだのではないか。だからこそ人間の知恵で、自らが作り出した大量破壊兵器を封じ込めなければならないのではないか」。そんなことを考えながら汗をぬぐい、広島の街を歩いたことを思い出します。その思いは今も変わらず、記者時代も広島に出張した際にはできるだけ記念公園に足を運ぶようにしていました。

 今年の8月6日は、参院選を終えてのご挨拶で上京中。夜は、新聞記者時代から懇意にしていただいた藤井裕久先生(元財務相、元民主党最高顧問、衆院議員)と夕食をともにさせていただきました。出自が広島県の藤井大臣。話は自然と戦時中の疎開経験にも・・・。

 「いつも話題は食料のことだった。みんなで議論するんだ。米1升を1日で腹いっぱい食べたいなと。すると絶対食べきれるという奴、『論理的に毎食3合以上ずつは無理だ』と主張する奴。いろいろ出てくるんだ。12歳の子どもたちがそんなことを夢みながら過ごしたんだよ」と藤井先生。

 「だから絶対に戦争はやってはいかん」。一時は体調を壊していた藤井先生の力強い“藤井節”復活に安心するとともに、「反戦の政治家」としての藤井先生を改めて尊敬する8月6日夜になりました。

 東京からは7日早朝の便で帰郷。その後、西都などを回り、今(17:30)は延岡に「特急にちりん」で移動中です。写真は新しい衆議院議員会館内から携帯電話カメラで撮影した国会です。

渡辺創