【雑感】私の成人の日・・・

 県議に当選したのは2011年の春ですので、翌2012年から9回の成人式に出席してきたことになります。宮崎市では、かつての市全体での成人式を見直し、中学校区(地域自治区)ごとの成人式になっています。いつから変わったのか正確なことを記せませんが、2011年の時点では既に定着していました。
 会場には保護者?(もう成人だから保護者はおかしいか。家族)も多数訪れ、顔なじみの地域の面々で地元の若者たちを祝ってあげる成人式は「○○君、立派になったね!」「○○さん、すっかりお姉ちゃんになって~」との声が飛び交い、地域の温かさを感じるなかなかいいものです。もちろん付属中や私立中に通った新成人が参加しづらいなどいくつかの課題があることは承知しています。

 さて、今年の成人式は、宮崎市の場合、昨年末の段階で既に中止が決定していました。楽しみにしていた新成人や家族にとっては実に残念なことだったと思います。どこに価値を見出すかは人それぞれですから、周りが成人式の価値をあれこれ評価する必要はありませんが、それを節目として大切に思った人たちや、晴れ着を着て友達と会いたかったと思った人たちが、自らでは抗いようのない形で、その機会を失ったことに社会として寄り添う気持ちを持つことは大事だと私は思います。
 もちろん、新型コロナの感染拡大のリスクを人生の門出に背負わせるわけにはいかないとの心配は至極当然ですし、判断も妥当だったと思います。判断を強いられた関係者の皆さんの心痛は如何ばかりだったか同情するところもあります。ただ宮崎県が県独自の緊急事態宣言を出す頃から県内では、政治に携わる側の振る舞いが、そういう気持ちの人たちの感情を逆なでするようなことが続いてしまったのは残念としか言いようがありません。

 さて、遡ること23年前。私も新成人でした(当時は成人の日は15日)。ただ、成人式には出席していません。宮崎から遠く離れた新潟大学法学部に在籍していた私は、直前まで親の仕送りに頼って冬休みで宮崎に帰省していたのに、またすぐに往復の帰省費用を言い出す気にはなれず、成人式には興味がない(風な?)素振りを貫いていました。
 でも、周りは新潟や隣県出身の友人が多く、相手もしてもらえないので、本当はちょっと寂しかったのかもしれません。そんな私の気持ちを見抜いて不憫に思ったのか、それとも親がこっそり頼んでくれたのか。東京の叔父叔母夫婦が「東京に遊びにおいで」と誘ってくれ、私は夜行バスで東京へ。その年(1998年)の成人の日、東京は記録的な大雪でしたが、私は叔父叔母、そしてテレビ局に勤める叔母の友人からホームパーティーで温かく成人を祝ってもらい、寂しい思いをせずに済みました。人の温かさに触れ、20年歩んで来れたことを感謝できる気持ちで成人の日を過ごせたことは本当によかったと今でも思っています。

 さて、おまけ。その成人の日。私は雪の東京で何をしていたか。その答えは、夜中に降り積もった雪は朝には止み、青空が広がった東京で、私は一人国会見学に出かけました。別に政治家になろうと意識したわけではありませんが、「絶対に忘れないことをしよう!」と考えた結果が、なぜか初めての国会見学でした(^^;。その後は、叔父に誘われ、なぜか人生で初めての大相撲観戦へ。やはり、成人の日にしたことは、その後の人生に結びつくのだな・・・と自らの体型を見つめながら思う、43歳の成人の日です。
【渡辺創】